可塑剤とは
塗料用の可塑剤(造膜助剤を除く)は、主に樹脂を柔軟化し、低温割れや脆化を防ぐための添加剤です。特に塩化ビニル(PVC)系塗料・ニトロセルロース(NC)系塗料など、ガラス転移温度(Tg)が高くて、室温付近でガラスのように硬くて柔軟性が無い状態になってしまう樹脂をバインダーとする塗料系で重要な役割を果たします。
塗料用可塑剤の種類と適用塗料系
可塑剤は大きく フタル酸系, アジピン酸系, セバシン酸系, リン酸系, クエン酸系, ポリエステル系に分類されます。塗料用途では、相溶性・耐揮発性・耐寒性・耐油性 などの観点で使い分けます。
フタル酸系(最も一般的)
塗料分野で最も使用量が多い系統です。相溶性が高く、加工性・耐油性に優れています。表1に代表的なものを示します。
表1 フタル酸系可塑剤の特徴と適用塗料系

*DEHP(フタル酸-ジ(2-エチルヘキシル))は慣用的にDOP(フタル酸ジオクチル)と呼ばれてきており、アルコールはn-オクタノールと誤解されることがありますが、実際には2-エチルヘキサノールであり、DEHPが正確な名称(IUPAC名)です。今では、DEHPが国際標準となっています。なお、以下のDOAやDOSも同様に、アルコールは2-エチルヘキサノールであり、それぞれDEHA、DEHSと記すべきですが(実際にUPAC名はそうなっています)、DOAやDOSが慣用的にそのまま使われ続けています。これは、REACH、RoHS、SVHC などの国際規制ではDEHP(Di(2‑ethylhexyl) phthalate)という名称が公式に使われており、DEHP が“正式名”、DOP は“古い慣用名”という構図が世界的に定着したためです。一方で DOA や DOS は規制対象ではないため、慣用名(DOA, DOS)がそのまま使われ続けています。
アジピン酸系(耐寒性に優れる)
表2に示すDOA(アジピン酸-ジオクチル、実はアジピン酸-ジ(2-エチルヘキシル))やDINA(アジピン酸ジ-イソ-ノニル)が、低温柔軟性が必要な塗料で使用されます。
表2 アジピン酸系可塑剤の特徴と適用塗料系

セバシン酸系(最高レベルの耐寒性)
主にDOS(セバシン酸ジオクチル、Dioctyl sebacate(実はセバシン酸-ジ(2-エチルヘキシル))が、航空機用や寒冷地向けのPVC塗料など、極低温用途で使用されます。
リン酸系(難燃性付与)
トリクレシルリン酸(TCP)などが、電線用塗料や一部の工業用PVC塗料など、難燃性が必要な塗料に使用されます。
クエン酸系(非フタル酸・安全性重視)
アセチルトリブチルクエン酸(ATBC)などが、玩具・食品接触用途など安全性が求められる塗料に用いられます。
ポリエステル系可塑剤(非移行性・耐熱性)
多価アルコール(主にジオール)と多塩基酸(主にジカルボン酸)を縮合させた低分子〜オリゴマー状ポリエステル(分子量が1,000〜5,000が典型例)を可塑剤として用いたものです。粘度が高く、揮発しにくいので、非移行性が高いという特徴があります。
塗料系ごとの推奨可塑剤(纏め)
表3に適用塗料系ごとに推奨される可塑剤を示します。
表3 塗料系ごとの推奨可塑剤

可塑剤に対する規制動向(国内・EU)
DEHPやDBP、BBPなどのフタル酸エスエル類は過去に「環境ホルモン疑惑」が指摘された代表格として、長年議論されてきましたが、最新の総合評価では「現状の暴露レベル(塗料中の使用レベル・暴露形態)ではヒト・生態系ともにリスクは懸念されるレベルではない」とされています。
とはいうものの、REACH規制では、塗料で使われる可塑剤のうち “フタル酸エステル類(DEHP・DBP・BBP・DIBP)” が強く規制されており、SVHC(高懸念物質)指定+認可(Authorization)対象+使用制限(Annex XVII)という三重の規制がかかっています。
すなわち、玩具・育児用品・消費者製品で0.1 wt%超は禁止となっています。実務的には、塗料中にこれらを配合すると、EU向けの消費者製品では使用不可になる可能性が高く、工業用途(B to B)では認可申請により使用継続は可能ですが、手続き負担が大きいと考えられます。一方で、アジピン酸系・セバシン酸系・クエン酸系・ポリエステル系などは、現時点でREACHの厳しい規制対象には含まれていません。
以下に可塑剤の系統ごとに、日本国内とEUにおける塗料用途での規制動向を示します。(2026年3月現在)
1.DEHP(DOP), DBP, BBP, DIBP
塗料が「可塑化材料」に該当しうるため、EU向けは基本“非採用”前提で設計するのが安全です。
- 日本向け工業用塗料
条件付きでまだ使用は可能ですが、PRTR・安衛法・食品衛生法などで管理強化中です。
- EU向け工業用塗料
実務上ほぼ“避ける”ゾーン(SVHC+認可+Annex XVIIで可塑化材料0.1%制限)です。
- 玩具・育児用品・消費者製品向け塗料
日本・EUともに玩具・育児用品・多くの消費者製品で0.1%超は禁止です。
2. DINP, DIDP, DNOP
一般工業塗料では“まだ使えますが、将来的なイメージ低下・代替圧力あり”と考えられます。
- 日本向け工業用塗料
工業用塗料では使用可能です。ただし、DINP/DIDPは安衛法の指定化学物質(SDSとラベル表示が義務化)に追加予定です。
- EU向け工業用塗料
工業用塗料では使用可能ですが、玩具・育児用品では0.1%制限があります。
- 玩具・育児用品・消費者製品向け塗料
玩具・育児用品向け塗料では日本・EUともに0.1%超は禁止です。
3. DOA, DOSなどアジピン酸・セバシン酸系
“フタル酸代替”として扱いやすいゾーンです。低温柔軟性が必要な塗料に向いています。
- 日本向け工業用塗料
塗料には使用可能です。DOAは化管法第一種指定化学物質(PRTR・SDS対象)ですが、禁止ではありません。
- EU向け工業用塗料
使用可能です。REACHでの特別な制限はありません。
- 玩具・育児用品・消費者製品向け塗料
玩具・食品接触でも、個別評価で許容されるケースが多いですが、用途ごとに確認が必要です。
4. TCPなどリン酸エステル系
難燃性付与目的で使用されますが、“安全性より機能優先”のニッチ用途という位置づけです。
- 日本向け工業用塗料
使用可能ですが、安衛法で指定化学物質に追加予定(神経毒性などで注意)です。
- EU向け工業用塗料
使用可能ですがCLP(分類・表示・包装を義務付ける法律)上で有害性分類があり、SDS・ラベリングが必要です。
- 玩具・育児用品・消費者製品向け塗料
玩具・消費者製品向け塗料では慎重に扱うべきです。
5. ATBCなどクエン酸系
低毒性・非フタル酸として、対外説明性は高いですが、価格はやや高めです。
- 日本向け工業用塗料
使用可能です。食品・玩具用途でも実績が多くあります。
- EU向け工業用塗料
使用可能です。REACH上の厳しい制限はありません。
- 玩具・育児用品・消費者製品向け塗料
多くの場合、玩具・食品接触向け塗料でも“好ましい可塑剤”として扱われます。
6. ポリエステル系可塑剤
非移行性・高耐久が必要な工業塗料(PVC系塗料など)で推奨されます。
- 日本向け工業用塗料
使用可能です。規制上の大きな問題はなく、高耐久PVC系塗料で有利です。
- EU向け工業用塗料
使用可能です。REACH上の厳しい制限はありません。
- 玩具・育児用品・消費者製品向け塗料
一般に問題視されにくいですが、用途ごとにSDS・規格確認は必要です。