塗料用添加剤としての防腐剤・防カビ剤・防藻剤は、いずれも塗料に配合されることにより、微生物由来の劣化を防止しますが、表1に示すような違いがあります。
表1 防腐剤・防カビ剤・防藻剤の違い

防腐剤(Preservative / In-can preservative)
塗料の容器内での腐敗(腐敗臭、粘度低下、ガス発生)を防ぎます。対象の微生物は細菌(特にグラム細菌)や一部の酵母・カビです。水性塗料およびエマルション樹脂などの水性塗料用原材料は、増粘剤や乳化剤が栄養源となり、微生物が繁殖しやすいので、その防止のために添加されます。
代表的な成分にはイソチアゾリノン系のMIT(メチルイソチアゾリノン)やBIT(ベンゾイソチアゾリノン)、CMIT(クロロメチルイソチアゾリノン)が挙げられます。CMITは近年、規制が強化されています。図1にこれらの化学構造式を示します。

図1 イソチアゾリノン系防腐剤・防カビ剤・防藻剤の化学構造
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防カビ剤(Fungicide / Film preservative)
塗料に配合しておくことにより、塗装後の塗膜表面にカビが生えるのを防止します。対象の微生物は真菌(黒カビ、青カビ、白カビなど)です。
細菌が原核生物(Prokaryote)で核を持たないシンプルな細胞構造なのに対し、真菌は真核生物で核を持ち、人間の細胞に近い構造です。また、細菌の大きさが約 0.5〜5 µmであるのに対し、カビは菌糸径が菌糸径 2〜10 µm、長さは mm〜cm 単位で、圧倒的にカビの方が大きいです
このため、薬剤感受性が大きく異なり、防カビ剤の有効成分も防腐剤とは異なります。具体的には、OIT(オクチルイソチアゾリノン)、DCOIT(ジクロロオクチルイソチアゾリノン)、IPBC(ヨードプロピニルブチルカルバメート)、ジンクピリチオンなどが代表的な成分です。図2にこれらの化学構造式を示します。ジンクピリチオンは欧州で規制が強化されています。

図2 主な防カビ剤の化学構造
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防藻剤(Algaecide)
建物外壁や屋根、塀などに、緑、黒、褐色などの汚れが付着することがあります。特に北面・日陰・水はけの悪い環境でよく生じます。この汚は、主に気生藻類という陸上に生える緑藻類や藍藻類などの藻が塗膜上で繁茂することが原因です。このような汚染は緑化汚染とか藻汚れなどと呼ばれます。
この藻類(光合成を行う微生物)による塗膜汚染を防止するために、塗料に配合しておくのが防藻剤です。 OITなどのイソチアゾリノン系や、硫酸銅、酸化銅、銅ピリチオンなどが塗料用の防藻剤として使用されます。なお、銅ピリチオンは欧州では規制が強化されています。また、地衣類やコケによる緑化汚染もありますが、これらには防藻剤は効果がほとんどありません
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防腐剤・防カビ剤・防藻剤の特徴と作用機構
化学構造ごとの作用機構のポイントを表2に示します。
表2 各種防腐剤・防カビ剤・防藻剤の作用機構

① イソチアゾリンノン系(MIT / CMIT / BIT / OIT / DCOIT)
イソチアゾリノン類は、塗料添加剤では最も広く使われる殺菌・防カビ成分です。図1、図2に示すように、求電子性の高いS–N結合を持つ環状化合物で、微生物のチオール基(–SH)を持つ酵素 と反応して失活させます。具体的には、グルタチオン(チオール基を有するトリペプチド)、システイン残基(アミノ酸の一つであるシステインが、タンパク質内で他のアミノ酸と結合した状態)を含む酵素、NADH デヒドロゲナーゼなどの必須酵素のSH基をアルキル化・酸化的に阻害し、エネルギー代謝・膜合成・DNA複製を停止させることにより微生物を死滅させます。微生物側の耐性がつきにくく、pH 4–9 でも安定(BITは特に安定)です。
② ヨードプロピニルブチルカルバメート(IPBC)
図2に示すように、構造中にヨウ素(I)、プロパギル基(–C≡C–)、カルバメート基(–NHCOO–)が存在します。このため、以下の3つの作用機構で微生物に作用します。
- 微生物の酵素中のチロシン残基(アミノ酸の一つであるチロシンが、タンパク質内で他のアミノ酸と結合した状態)をヨード化し酵素の立体構造が崩壊。
- プロパギル基(アルキン)の求電子性により、システイン残基と付加反応。
- カルバメート基が微生物内で加水分解し、イソシアネート様の反応性中間体が生物酵素のアミノ基・SH基と反応、酵素を阻害(失活)。
IPBCは真菌に特に有効で、塗膜中でゆっくり溶出し長期間効果が持続します。ただし、紫外線に弱いので、外装ではOITと併用されることが多いです。
③ ジンクピリチオン
図2に示すように、ピリチオン(pyrithione)配位子が Zn²⁺にキレートした構造を持ち、疎水性が高いので塗膜保持性が良好です。作用機構は以下の3つです。
- Zn²⁺のイオンが微生物の膜を通過し、内部の Zn²⁺濃度を乱します。ただし、Zn²⁺は親水性で単独では細胞膜を通過できませんが、ピリチオン配位子の疎水性が高いので、膜を通過します。このため、細胞膜内でZn²⁺濃度の異常上昇、Cu²⁺や Fe²⁺など他の金属イオンの枯渇、金属酵素(メタロ酵素)の阻害、膜電位の崩壊などが生じます。結果として、金属酵素(アルコールデヒドロゲナーゼ、スーパーオキシドディスムターゼなど)が失活し、微生物は代謝不能
- ピリチオンが膜を通過し、プロトン勾配を破壊(膜電位の崩壊)。
- ピリチオン部分がSH基と反応し、酵素阻害。
ジンクピリチオンは、カビ・藻の両方に有効ですが、皮膚感作性の点で、EUでは規制強化中です。
④ カルバメート系(IPBC以外)
カルバメート基が微生物内で加水分解し、イソシアネート様の反応性中間体が生物酵素のアミノ基・SH基と反応することで、酵素を失活させます。
⑤ 銅系(Cu²⁺、CuO、Cu-pyrithione など)
以下に示すように、Cu²⁺が多様な攻撃をすることにより、効果を発現します。
- 微生物はCu²⁺を厳密に制御しており、通常は極微量しか存在しません(金属恒常性)。そこに外部から Cu²⁺が流入すると、Zn²⁺、Fe²⁺、Mn²⁺などの必須金属イオンがCu²⁺に置換され、金属酵素(アルコールデヒドロゲナーゼ、スーパーオキシドディスムターゼなど)が誤った金属で占有されるので、機能を喪失します。
- 微生物は自身の代謝(呼吸・光合成・脂肪酸分解)で常に微量の過酸化水素を生成しています。この過酸化水素が細胞内に侵入した銅イオンのレドックスサイクル(Cu⁺/Cu²⁺)により、次式のFenton-like反応でヒドロキシラジカル(•OH)を生成します。
Cu+ + H2O2 → Cu2+ + •OH + OH–
生成するヒドロキシラジカル(•OH)は極めて強力で、DNA損傷、脂質過酸化、タンパク質変性を引き起こします。
- Cu²⁺は膜タンパク質のチオール基(–SH)と強く相互作用し、構造を変化させることで、膜透過性の上昇、イオン漏出、膜電位の崩壊などを生じます。特に藻類では、光合成膜(チラコイド膜)の電子伝達系が破壊され、光合成が停止します。
- Cu²⁺は核酸のリン酸基や塩基と結合し、DNAの架橋、二本鎖切断、転写阻害を引き起こします。
- Cu²⁺はシステイン残基と結合し、タンパク質の立体構造を破壊します。結果的に、酵素の失活、膜タンパク質の変性、代謝停止が生じます。
金属系は藻類に特に強く、外装塗料の防藻剤として古典的ですが有効です。
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規制動向
防腐剤・防カビ剤・防藻剤は基本的に微生物に対する毒性を持っており、環境に放出されることによる生態系への影響や皮膚感作性(アレルギー)が懸念されます。特に、EUでのBPR(Biocidal Products Regulation)による再評価サイクルが加速してからは、数年前まで普通に使えていた成分が、気づけば「使用不可」「承認期限切れ」「濃度制限強化」という流れが当たり前になっています。例えば、ヘキサヒドロ-1,3,5-トリアジン(HHT)のようなトリアジン系防腐剤は、低コストもあり、かつては水性塗料用の缶内防腐剤として多用されていましたが、トリアジン環がホルムアルデヒドを徐放することから、日本では建築基準法(F☆☆☆☆)の影響で使用が減少し、EUではBPRによりホルムアルデヒド放散の懸念から承認が厳格化され、塗膜防腐剤ではほぼ使われません。
EUにおけるBPRとは、殺生物剤(防腐剤・防カビ剤・防藻剤など)を厳しく管理するための法律で、有効成分・製剤・処理製品(treated articleを一体で規制する仕組みです。殺生物剤の安全性・環境影響・有効性を評価し、承認された成分と製品だけがEU 市場で販売できます。BPRでは、有効成分ごとに用途別で承認が必要です。用途別の分類はPT分類と呼ばれます(例えば、缶内防腐:PT6、塗膜防藻・防カビ:PT7、木材防腐:PT8など)。また、有効成分が承認されても、製品(塗料用防藻剤など)そのものも国ごとに承認が必要です。さらに、塗料や外壁材など、殺生物剤で処理された製品そのもの(treated article)も規制対象で、使用した殺生物剤が BPR 承認済みであることを、必要に応じてラベル表示義務があります。
日本ではEUほど厳格ではありませんが、化審法(化学物質審査規制法)、安衛法(労働安全衛生法)、家庭用品規制法、建築基準法(F☆☆☆☆など)により規制されます。化審法では、新規化学物質は事前審査ですが、既存物質でも 残留性・蓄積性・毒性の観点で規制が強化され、イソチアゾリノン類(MIT、CMIT/MIT など)は PRTR対象物質です。安衛法ではSDS・ラベル表示義務があり、皮膚感作性のあるMIT/CMIT、IPBCなどは GHS分類で注意喚起となっています。家庭用品規制法ではCMIT/MIT のアレルギー問題により、家庭用品での使用制限が強化されています。 その他、ASEANでの動向も含め、防腐剤・防カビ剤・防藻剤に関する規制動向を表3にまとめて示します。
表3 防腐剤・防カビ剤・防藻剤に関する規制動向
