レオロジーコントロール(増粘剤)で解決する流動性・安定性の課題

増粘剤とは

大粒子径・大比重顔料(金属粉顔料やパール顔料、防錆顔料など)の沈降防止や塗装後の垂直面における塗料のタレ防止、スクリーン印刷における版を離した後のにじみ防止などのためには、塗料やインクの粘度は高い方が適しています。

単純に溶剤の含有量を少なくしても粘度は増加しますが、それでは、例えば塗装時の粘度も高くなって、スプレー塗装での微粒化が悪くなったり、ハケ塗装の時のハケ裁きが重くなったりしてしまいます。また、スクリーン印刷ではスキージに過剰な負荷がかかったり、印刷パターンにかすれや断線が生じたりします。

ここで、増粘剤について説明する前に、まず粘度とはどのような物性値であるかを説明します。図1は粘度を考える時によく使用されるモデルで、液体を何層もの薄いシート(面積A)が積み重なって、厚さ(深さ)dになっていると考えます。それぞれのシート間には摩擦力(実際の液体では粘性抵抗力)が働いています。

粘度のシートモデル

図1 粘度のシートモデル

一番上のシートに、力Fが作用すると,速度Vで移動(流動)が始まります。シート間には摩擦力が働いているので、下のシートも移動を始めますが、速度は下に行くに従って遅くなり、最下層のシートは停止しています。つまり速度勾配V/dが生じます。このような流動を層流、速度勾配をせん断速度(ずり速度)と呼びます。実際に、川の流れでも静かに流れている時は、中央部や川面は流れが速く、川岸や川底に近づくほど流れは遅くなり、岸辺や川底ではほとんど流れていませんね。

シートの面積はAなので、単位表面積当たりの力はF/Aとなります。これをせん断応力(ずり応力)と呼びます。せん断応力をせん断速度で割ったものが粘度です。

つまり、「粘度は、ある速度勾配を持たせて液体を流し続けるために加え続けなければならない力と、速度勾配との比である。」ということができます。単純に、「液体を、ある速さで流し続けるのに必要な力」と考えても大きな齟齬はありません。同じ速さで流すのに、より大きな力が必要な液体ほど粘度が高いということになります。

増粘剤の説明に戻ります。上述の沈降やタレ、にじみは、塗料やインクが変形する速度や、流れが非常に遅い現象です。一方、塗装やスクリーン印刷時のスキージの移動は塗料やインクの変形が速い作業です。せん断速度で表すと、沈降やタレは10-2~100sec-1程度であるのに対し、スプレー塗装では103~105 sec-1程度、スクリーン印刷時のスキージによるインクの変形は102~103 sec-1程度と言われています。

従って、塗料やインクの粘度がせん断速度に応じて変化するようにしておいて、作業時の大きなせん断速度での粘度はそのままで、保管時や作業後の小さなせん断速度での粘度を大きくすれば、冒頭で示した単純に溶剤の配合量を減らして増粘させた際の問題は生じません。

液体の粘度が、せん断速度が大きくなるほど低下するような流動性を擬塑性流動と呼びます。一方、粘度がせん断速度に依存せず一定である場合には、ニュートン流動と呼びます。

増粘剤の多くは、添加することにより、塗料やインクの流動性を擬塑性流動にします。ただし、増粘剤の種類によって顕著な擬塑性流動にするものと、ほぼニュートン流動に近い状態で粘度を増加させるものがあります。

擬塑性流動にすることから「揺変剤(揺さぶると粘度が変化する)」、低せん断速度での粘度を大きくして顔料沈降を防止することから「沈降防止剤」、同じくタレを防止するので「タレ防止剤」、せん断速度に応じて粘度を変化(調製)させることから「粘度調整剤」もしくは「レオロジーコントロール剤」などとも呼ばれます。

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増粘剤の種類と増粘機構

表1に増粘剤の種類を示します。

種類具体例
無機系 (有機変性品も有り)シリカ系気相法シリカ、湿式法シリカ、 珪藻土
粘土鉱物系モンモリロナイト(ベントナイト)、 カオリン、セピオライト、アタパルジャイト
炭酸カルシウム系軽質炭酸カルシウム 重質炭酸カルシウム
有機系ワックス系水添ひまし油系、アマイド系、酸化ポリエチレン系
ポリウレタン系疎水変性ポリオキオキシエチレンポリウレタン共重合体
セルロース誘導体系ヒドロキシエチルセルロース(HEC)、 カルボキシメチルセルロース(CMC)、 エチルセルロース(EC)
ポリアクリル酸系ポリアクリル酸、疎水変性ポリアクリル酸 アクリル酸-メタクリル酸共重合体
表1 増粘剤の種類と具体例

粒子状で塗料中に分散させて用いるものと、樹脂状で塗料に溶解させるものがあります。無機の増粘剤は全て粒子状で分散させて用います。図2に気相法シリカの顕微鏡写真を示します1)

シリカ系増粘剤(気相法シリカ

図2 シリカ系増粘剤(気相法シリカ)1

図2に示すようにシリカの粒子は球状ですが、板状(ベントナイト)や針状(セピオライト、アタパルジャイト)、立方体状(軽質炭酸カルシウム)など、無機系の増粘剤には様々な形状のものがあります。

有機の増粘剤は、基本的には樹脂状で使用時には分子状態で溶解していますが、ワックス系は溶解せず紡錘形の粒子状もしくは図3に示すような短いひも状をしています。

粒子状やひも状の増粘剤の増粘メカニズムは、粒子同士によるフロキュレートや会合体の形成です。フロキュレートとは図4に示すような、粒子が数珠のようにつながった凝集体で、液体中で一度バラバラになった粒子が比較的小さな力で再凝集することにより生成します。

また、スケールは小さくなりますが、ポリウレタン系やセルロース誘導体系も、溶解した樹脂分子同士が会合することにより網目構造を形成します。

アマイドワックス系増粘剤

図3 アマイドワックス系増粘剤1)

粒子によるフロキュレートの形成

図4 粒子によるフロキュレートの形成

図1を用いて、フロキュレート構造や網目構造が形成された塗料やインクの流動を考えます。フロキュレートや樹脂分子同士の会合体は、何層ものシートにまたがって生成します。シートをずらすためには、もともとシートをずらすために必要であった摩擦力(粘性抵抗力)に加えて、構造を壊す力を加える必要があります。同じ速さで流すために、より大きな力が必要となる訳ですから、粘度は高くなります。

構造は流動により壊れるのですが、壊れても時間が経てば回復します。低せん断速度では流動による変形より構造の回復が早いので、常に構造を壊しながら流動させなければならず、構造を壊し続ける分の力が余計に必要となって粘度は高くなります。

一方、高せん断速度では回復が流動による変形に追い付かないので、流動さえ始まってしまえばフロキュレートは無くなり、壊す分の力は不要なので粘度は低い値を示します。

つまり、塗料は擬塑性流動を示すのですが、擬塑性の程度は、フロキュレートの強さや、拡がり、回復の早さに依存しますので、増粘剤の種類によって異なってきます。

ポリアクリル酸系増粘剤は主に水性塗料で用いられます。アンモニアや水溶性アミンのようなアルカリでカルボキシル基を中和すると、粘度が上昇します。これは、図5に示すように中和によりカルボキシルが負電荷を帯び、電荷間の反発力で樹脂分子が膨張し、シートモデルで考えるとの伸び広がるシートの数が増加するためです。

アクリル酸系増粘剤の増粘機構(アンモニア中和の例)

【図5】アクリル酸系増粘剤の増粘機構(アンモニア中和の例)

このような増粘のメカニズムは、アルカリ成分を添加することにより粘度を増加させ、樹脂が水中に分散したエマルション状態で供給されるので、アルカリ膨潤型エマルション(ASE:Alkali Swellable Emulsion)と呼ばれます。塗料系のpHが低い場合にはカルボキシル基のかい離が抑制され、また塗料中の電解質濃度が高い場合には電荷間の反発力が遮蔽されるために、樹脂分子が収縮して増粘作用は乏しくなります。

ASEに、さらに疎水性官能基を導入して疎水性相互作用により会合性を持たせ、さらに増粘効果を大きくしたもの(HASE:Hydrophobically modified ASE)も存在します。

表1には含まれていませんが、CNF(セルロースナノファイバー)を増粘剤として利用した例があります2)。アルミフレークやパールマイカなどの光輝顔料は基材表面に平行に配向することにより光輝感が発現します。配向状態を得る手段として、塗装後の溶剤蒸発による塗膜体積の収縮を利用する方法があります。高度な配向状態を得るためには溶剤の蒸発量が多いほど良いのですが、そうすると塗料中の固形分濃度が低くなって、塗着時にタレてしまいます。このため、従来(の増粘剤)技術では固形分濃度が20%程度ですが、塗料中にCNFを0.4%程度添加することにより、固形分濃度3%でも同等の粘性挙動(粘度のせん断速度依存性)が得られています。

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増粘剤を使う時の注意事項

増粘剤は粉末状もしくは、溶剤に溶解・分散させた形態で市販されています。

粉末状で入手したものは、直接、塗料やインクに投入するのではなく、別途、溶剤に分散させるか溶かしておいて用います。

有機系のものを水や有機溶剤に溶解させる際には、温度や撹拌条件をメーカー推奨条件通りに行わないと、ママ粉になったりブツになったりします。また、十分な増粘効果が得られない場合もあります。 フロキュレートや会合体を形成する増粘剤は、顔料とも相互作用して、顔料の凝集を生じさせ、ツヤ引けや着色力の低下、混色安定性不良を生じさせることがあります。顔料表面は分散剤やバインダー樹脂で十分に被覆して増粘剤との相互作用をブロックしておくことが重要です。

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文献

1.飯塚義雄、J. Jpn. Soc. Colour Mater. (色材)、65, p.775 (1992)
2. 月森隆雄 他,自動車技術論文集,50(2),p.581(2019)
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