塗膜の色相異常と「色分かれ」現象
一般的に、塗工膜(塗膜・印刷膜)を目的とする色相とする際に、インキはシアン・マゼンタ・イエローなど単色のインキを塗り重ねて色相を調整しますが、塗料では複数の顔料を一つの塗料中で混合して色相を調整します。このため、塗料・塗膜では含まれる顔料の凝集や分離などにより、色相が貯蔵によって変化したり、塗装機器によって異なったり、同一塗膜内でもまだらになったりすることがあります。このような色相異常は、色分かれ、色浮き、色のぼりなどと呼ばれますが、個人や会社によって、指している現象が異なることがあります。
ここでは、まず塗料・塗膜の色相異常現象とそのメカニズムを概説し、「色分かれ」という現象を定義したのち、色分かれ防止剤について説明します。
色相異常とそのメカニズム
複数の顔料を混合して色相を調整(塗料では調色といいます)した塗料で、色相が貯蔵中に変化したり、ハケ塗りとローラー塗装のように塗装方法が違うと塗膜の色相が異なったりすることがあります。これらの現象が生じるメカニズムは様々で、代表的なものについて図1のモデルを用いて説明します。
図1は二酸化チタン(白色)顔料と、カーボンブラック(CB、黒色)顔料を用いて調色し、グレーの塗料を作成したという想定です。各顔料粒子は一次粒子まで分散されているのが理想ですが、現実の工業製品としては凝集体も残存しています。

図1 顔料の分散・凝集状態と塗膜の色相変化(各状態での背景色は塗膜色のイメージを示す)
①特定顔料の分散度変化による色相変化
図1のaは調色直後の初期色相(正常色)です。二酸化チタンは表面張力が高く、ぬれが進行しやすいので、bのように貯蔵中に解凝集することがあります。白の表面積が増加するので、塗料の色相は白い方向に変化します。また、一方の顔料が凝集することもあり、凝集した方の顔料の色が弱くなります。
②共凝集による色相変化
顔料粒子は表面官能基の影響などで、正または負に帯電することがあります。二酸化チタンは正に、CBは負に帯電しやすい性質を持っています。電荷の符号が異なる顔料が共存すると、顔料粒子は静電引力で凝集します。このような異種顔料粒子間の凝集を、共凝集もしくはヘテロ凝集と呼びます。図1cのように、白色顔料の周りに黒色顔料が共凝集すると、白い面が黒で覆われるので色相は黒くなります。
共凝集した粒子は、塗装時のせん断力により解凝集されますが、せん断力の大きさにより、解凝集の程度は異なります。エアスプレー塗装のような大きなせん断力が掛かった場合には、図1bのように白原色の凝集体まで解凝集されて、初期色相よりも白くなる場合もあれば、ハケ塗りのような弱いせん断力では図1dのように図1cよりはやや明るいものの、初期色相に比べれば暗くなる場合もあります。
③顔料の膜厚方向分布による色相変化(色浮き)
空気は非常に極性の低い気体です。このため、塗装後の乾燥時に空気と接している塗膜表面には極性の低い顔料が集まりやすくなります。この傾向は水性塗料のように塗膜内部が高極性である場合に顕著です。二酸化チタンとCBでは、CBの方が圧倒的に極性は低く、図1eのように塗膜表面にCBが集まって、塗膜の表面色は正常色よりも黒くなります。
④塗膜表面の色むら(色分かれ)
塗膜表面に図2に示すような色相のむらによるまだら模様が生じることがあります。色むらの生じるメカニズムは以下の通りです。塗装後、溶剤は塗膜表面から蒸発します。塗膜内部の溶剤は、蒸発速度が小さい場合には塗膜中を拡散して表面に到達し、表面から蒸発するのですが、蒸発速度が大きいと、拡散では間に合わないので対流が生じます。この対流に顔料粒子が乗って、塗膜中を移動します。塗膜の厚みに対して、表面積は圧倒的に大きいので、対流の渦は塗膜のいたるところで生じます。塗膜中の対流の一つの単位をベナードセルと呼びます(図3参照)。セル中央部から溶剤の流れに乗って顔料が湧き上がり、セル周縁部から再び塗膜中に戻ります。

図2 ベナードセルによる塗膜表面の色まだら1)

図3 ベナードセルと溶剤の渦流動2)
低極性の顔料は極性の低い空気に引き寄せられて塗膜表面に集まることを③で説明しました。複数種類の顔料を含む調色塗料では、セル中央部から湧き上がった顔料粒子の中で、有機顔料やカーボンブラックなどの低極性顔料は空気にトラップされて表面に留まり、無機顔料のような高極性の顔料は流れに乗って移動を続けます。溶剤が少なくなり、塗膜の粘度が高くなると、対流は停止するのですが、塗膜表面は対流の痕跡を留め、図2のようなまだら模様を呈します。図2では低極性顔料が青色の銅フタロシアニンブルー(有機顔料)、高極性顔料が白色の二酸化チタン(無機顔料)です。ベナードセル中心部は青色、セル周縁部は白色が優勢となって、まだら模様になります。また塗膜の膜厚が均一ではなく、勾配がある場合には、勾配の等高線のようにしま模様が形成されることがあります、しま、もしくはシルキングと呼ばれます。
色分かれと色分かれ防止剤
上記③のような色相異常現象は色浮き、④が色分かれと呼ばれることが多く、本記事でも④を色分かれとします。色浮きは英語でfloating、色分かれはflooding(color separation)です。
色分かれを生じさせないための抜本的な対策としては、高分子(顔料分散剤やバインダー樹脂)を顔料粒子表面に吸着させて被覆し、粒子そのものの表面極性は異なっても、吸着層を含めた最表面の極性は、どの顔料粒子も同等となるようにします。
多くの塗料では、単一種類の顔料のみを含有する原色塗料を混合することで調色します。赤・青・黒など各種色相の原色塗料は用途・性能・塗装方法などに応じた塗料種ごとに設定され、原色(体)系などと呼ばれます。原色系の全ての原色塗料で顔料表面の極性を揃えておけば、色分かれや色浮きは生じません。この目的のために処方されるのは顔料分散剤です、構造的にも次に述べる色分かれ防止剤とは異なります。顔料分散剤ついては別の記事を参照してください。
色分かれは他の塗色では問題がなかった(顕在化しなかった)のに、特定の塗色で生じることがあり、このような場合、原色系に立ち返って対策を打つことは現実的ではありません。このような場合に処方されるのが表面調整剤の一種である色分かれ防止剤です。
この他、塗装時の対策として、希釈溶剤の量を少なくする、蒸発速度の遅い溶剤を混ぜる、加熱乾燥であれば、乾燥温度を低くすることも効果が期待できます。 色分かれ防止剤と呼ばれるものの代表的な作用メカニズムは下記の通りです。
①ベナードセル生成の抑制(表面張力の均一化)
乾燥中の塗膜で、温度差や溶媒濃度差により表面張力が不均一になるのが、ベナードセルが発生する原因です。色分かれ防止剤は界面の表面張力を均一化することで、渦流の発生を抑えます。この目的に適しているのは表面調整剤(レベリング剤)と呼ばれる添加剤です。表面調整剤の分子は低極性部と塗工液相溶部からなっており、塗工液中では均一に混じっていますが塗工後は低極性部が空気に引かれて塗工膜表面に配向し、塗工膜表面を薄膜で覆うことにより表面張力を均一化します。詳細な構造については表面調整剤の記事を参照してください。
②顔料粒子を緩やかに共凝集させる
顔料間に橋架け構造を形成し、ゆるやかな共凝集状態を作ることで、顔料が同じ流動挙動を示すようにします。これにより、顔料の分離を防ぎ、均一な色調を維持します。ただし、この作用は②のメカニズムによる色相変化の原因となることがあります。この目的のために使用される場合、コントロール凝集型顔料分散剤と呼ばれる場合もあります。
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色浮きによる色相異常と共凝集による色相異常の見分け方
図1で、共凝集による色相変化(図1c)も色浮きによる色相変化(図1e)も表面色の変化だけでは判別ができません。このような場合には、ラビング(Rubbing)試験3)を行います。ラビング試験では、複数の顔料を含む塗料を適当な被塗物(ブリキ板やガラス板)に塗布し、一定の時間放置します。ある程度溶剤が揮散して塗膜が半乾きの状態になったら、塗膜の一部を図43)に示すように、指先で強く、かつ被塗物から除去しない程度に擦って、塗膜中の顔料分布を均一にします

図4 ラビング試験3)
上記の二酸化チタンとCBを混ぜた塗料の場合、擦った部分は正常色ですが、擦らなかった部分は表面に黒色のCB粒子が浮いているので、擦った部分より黒く見えます。
共凝集でも、擦った部分は凝集がほぐれるので正常色となり、単純なラビング試験では両者の区別はつかないので、顔料の混合比率を幅広く変化させて混合し、ラビング試験を行います。図5に示すように、共凝集の場合には、多い方の粒子が少ない方の粒子を覆い隠すように凝集するので、粒子の混合比率を変えてラビング試験を行うと、擦った部分の色変化の方向が逆転します。一方、顔料の表面極性の違いで一方が表面に浮いてくる場合には、このような逆転現象は生じないので、区別が可能です。

図5 顔料の混合比とラビング試験結果
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文献
1)Byk社資料
2)大藪權昭:「コーティング領域の界面制御」、理工出版、(1988)
3)中道敏彦、「よくわかる顔料分散」、p.77、日刊工業新聞社(2009)